昔々、太陽が地球のまわりをまわるという天動説が信じられていました。今では、地動説の方がより自然なものとして受け入れられています。また、遠くの人に連絡を取るには手紙で届ける必要がありました。しかし、今では電磁波を用いて簡単に通信をすることができます。このように世界観や技術は昔と今とで大きく変わっていますが、その背景には力学や電磁気学といった物理の分野があります。これらの分野は高校物理で学びますが、その基礎は19世紀までに出来上がっていました。
20世紀以降、統計力学・量子力学・相対性理論などの様々な現代物理学の基礎をなす分野が作られて発展してきました。その応用は私たちの日常生活で数多く活かされており、コンピュータやスマートフォンに使われる半導体やGPSなどもその例です。上記の分野は、現代物理学やそれに伴う世界観を理解する上でとても重要な科目として物理学科で学ぶことになります。私の研究の紹介をする上で量子力学と統計力学を避けては通れないので、ここでは、まず量子力学と統計力学のとても簡単な説明をしましょう。
量子力学は、原子や電子などのミクロな粒子のための力学です。マクロな物体、たとえば野球のボールはニュートン力学における運動方程式に従って運動しますが、ミクロな粒子は量子力学におけるシュレーディンガー方程式に従って運動します。量子力学の応用は多岐にわたり、たとえば半導体・LEDなどのデバイスがよく知られていますし、キログラム原器が廃止された2019年の国際単位系の再定義を支えていたのも量子技術です。最近では、量子暗号や量子コンピュータへの応用も期待されています。
統計力学は、多数の粒子のマクロな性質をミクロな観点から調べるための学問です。私たちの身の回りにある物質は原子や電子などのミクロな粒子を無数に多く含んでいます。この物質のマクロな物理量、たとえば、熱力学においてエネルギーと同様に重要な量であるエントロピーを計算するために統計力学が使われます。この計算を行うための基本的な概念として、粒子の集団を表すためのアンサンブルと呼ばれる確率的な状態があります。アンサンブルを用いた計算結果は実験をとてもよく説明するため、アンサンブルは統計力学の基礎的な概念として用いられています。
伊與田研究室では、統計力学の基礎を量子力学を用いて理論的に研究しています。最近の研究で、多数の粒子の量子力学的性質自体に熱力学的な性質が含まれることが分かってきたため、アンサンブルを用いない統計力学が研究されるようになりました。私の研究室では、理論的な計算やコンピューターによる数値計算を用いて、「アンサンブルを用いずに量子力学だけを用いて、ミクロな世界とマクロな世界がどのように繋がるか?」などの問いに取り組んでいます。また、学生の卒業研究では、量子コンピュータや相転移に関する数値計算などもしています。